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実りある日中対話に向けて

出所: 世研调查网 作者:世研调查网 更新時間: 2008-4-30 0:00:00

---北海道大学国際広報メディア研究科教授

高井 潔司

 

91415日、中国?上海で開催された日中国交正常化30周年を記念する「未来の日中関係構築を目指す国際学術討論会(シンポジウム)」に出席して来た。上海市社会科学界連合会、同済大学アジア太平洋研究センター、日本の日中関係学会の共催で、上海だけでなく北京、マカオなど中国国内から100人を超える研究者、外交官、ジャーナリスト、学生が出席し、会場の内外で活発な意見を交換した。日本からも天児慧?早稲田大学院教授ら20人が参加した。

 討論会では、「未来志向」を掲げながら、いわゆる「歴史問題」が繰り返し語られる相変わらずの一面が見られた半面、中国側の参加者から「もっと未来志向を」「日本をもっとしっかり認識すべき」という声も出て、議論が沸騰した。締めくくりのあいさつに立った日本側の主催者代表の中江要介?元駐中国大使は「一回のシンポジウムで結論が出るわけではない。むしろこうした論議が広がるよう、教育や報道などの現場に伝えて欲しい」と呼びかけた。そのアピールに応え、私なりの参加報告をまとめてみた。

 この報告は単なる報告にとどまらず、ややもすれば「歴史問題」の存在ゆえに不毛な議論に陥りかねない「日中対話」に対して、若干の提言もしてみたいと考えている。

 

前面に出た「歴史」論議

 討論会は以下の3つのセッションに分かれ、それぞれ報告とコメント、討論の形で、議論が進められた。

セッションⅠ、アジア地域の中の日中関係(分科会1:国交正常化30年の歩み 分科会2:東アジアの安全?平和と日中関係)

セッションⅡ、中国経済発展と日中関係

セッションⅢ、未来への日中関係を目指す提案や提言(分科会1:政治、外交 分科会2:経済?社会?文化)

 セッション前に各報告のレジメ集を受け取った時、歴史問題に関する報告が多く、正直に言って、これではあまり実りある議論は期待できないなと感じたものである。

 というのも、これまで開催されたこの種のシンポジウムでは、歴史問題、靖国公式参拝問題、歴史教科書問題などをめぐって、中国側から強い日本批判が繰り広げられ、日本側参加者が「ごもっとも」と追従するか、逆に「歴史批判はもう聞き飽きた」と反発して、結局、議論の深化というものが見られなかったからだ。

 提出されたレジメのリストを見ても、第1セッションでは「マイナス的な歴史遺産継承者たちの『冷静』と『焦り』」「戦争の遺留問題と中日関係」「歴史認識の問題においてより多い共通認識を取ろう」など中国側の報告の半数以上が「歴史」問題に終止した。経済問題を扱う第2セッションでさえ丁剣平氏(上海財経大学)「日中経済協力には『信用』がなにより」も、歴史問題をめぐる日本の姿勢に対する根深い不信感の表明であった。さらに「未来を目指す」はずの第3セッションでも、「歴史教科書問題から考える」という副題の付いた報告があった。

 私がいわんとするのは、歴史問題の論議に蓋をしろということではない。今回のシンポジウムでは第1セッションで国交正常化以来の30年の歴史を総括し、特に第2セッションでは経済関係を総括して、第3セッションで「未来の日中関係」に向けての提言をまとめるとの狙いで、セッションが配置されていたはずである。国交正常化以来の日中関係は「歴史問題」が全てではない。大きな流れとしては、むしろ両国関係の発展によって、アジアにおける両国の指導的な地位の基礎が築かれた。その中で、互いに相手の国の大国化に対して警戒感が芽生え、「歴史問題」が強く意識されるようになった。こうした大きな流れの中で、「歴史問題」を捉え、その克服の道を検討すべきであろうと私は考えている。

ところが、「歴史問題」が取り上げられると、大局論議はそっちのけとなる。感情的な言葉の応酬が繰り広げられる。しかも、中国側の発言は当局の公式見解を一歩も出ない。その多くが日本の一部政治家、右翼の発言を日本全体の意見であるかのように過大に評価し、過剰な反応を示す。日本側の出席者は、そもそも中国側の歴史批判に共感している人が多いから、あまりに論議が繰り返されると、うんざりしてしまうのである。

もちろんこの問題をめぐっては、中国側に懸念を引き起こすような発言や現象が日本で起きていることも事実である。この点については、ほとんどの日本側参加者も十分認識している。だから歴史問題が討論の中で取り上げられるのは当然と考える。しかし、議論がそれだけに留まっていては、生産的な討論にはならないとも考えている。

 レジメ集を受け取って、私のような感想を持った日本側参加者が多かったようだ。基調報告に立った中江会長も、日中関係の潜在的な危険要因があるとし、日本側の問題点として「歴史認識」「台湾問題」を指摘する一方で、中国側の問題点として、日本側の問題点が「一部の不心得な政治家、ごく少数の者に限られており」「このことを、まず中国側は正しく認識し、その上で、一部の不勉強で横着な物の言動に対して厳しく抗議したり、反応したりするとき、大多数の善意で真面目な者の“心“を逆撫でするような対応は避ける配慮が肝要と思います」「中国嫌いムードが日本に蔓延しつつある現象は、このような中国側の配慮がおこなわれれば、かなり是正改善される」と述べた。

 

救いは中国側の多彩な声の芽生え

 中江会長の基調報告にもかかわらず、セッションの方はほぼ予定されたレジメ通りの報告が続いた。それどころか、在日の中国人研究者は、大学での日本人学生レポートを基に、いかに日本の学生が歴史を学んでいないかを、レジメから離れて、日本語通訳もなしに展開した。これには日本側参加者も首を傾げた。

 しかし、私にとって驚きだったのは、今回のシンポジウムで中国側からこうしたいわば歴史偏重の議論に不満の声が率直に出たことだった。会場から、「もっと未来志向の議論ができないのか」という意見が出たし、中には「まだ性懲りもなく歴史問題を論議しているのはおかしい」という声まで、中国側から飛び出したのである。中国側の司会者は、「特定の大学の学生のレポートから日本の若者の意識を論じるのは適切ではない」とたしなめた。これは私の出席した第1セッションの第1分科会だけでなく、第2分科会でも見られたそうだ。しかも、批判された老教授は「自分の考えはもう古いのか」と嘆いたそうだ。

 日本側にも、感情的になる参加者がいたことも指摘しておこう。分科会の司会を務めた私に対し、「歴史問題ばかり取り上げる報告を許すのはけしからん」と噛み付く日本人参加者もいた。これに対して、私は「中国に来た以上、そうした声がでることは当然予想されるはずだし、そういう声がまだまだあることを自覚するためにも参考になる。我慢すべきだ。しかも、一方では中国側にも徐々に違う声も出てきた。それにも注目すべきだ」と答えた。

 2日目のセッションは、経済と未来の関係への提言がテーマだったが、一部に歴史問題について指摘する報告もあり、参加者から不満の声が出た。しかし、中国側の報告者から未来の関係を考えるためにも歴史問題の解決が前提との強い意見も出された。確かに歴史問題を棚上げにはできないのである。だが、それを前提にしつつも、議論をそこに埋没させずに、先に進めなければ実りある議論もできないはずである。先に述べたように30周年記念シンポジウムであれば、30年間の日中関係の歴史こそ、もっと優先的に論議されるべきだろう。

 

実りある論議への提言

もっとも全ての報告が歴史問題に拘泥していたわけではない。日本側だけでなく、中国側にも耳を傾けるべき未来志向の提言も聞くことができた。天児慧?早稲田大学教授の「日中関係21世紀への提言」、呉寄南?上海国際問題研究所日本室主任「中日両国の共同の戦略的利益における合流点を探求し拡大するよう努力しよう」、周建明?上海社会科学院アジア太平洋研究所所長「将来に向けての中日関係を構築しよう」などがそれである。詳しくは報告論文集を見て頂きたい。ここでは、本論の文脈に関連する部分のみ紹介する。

天児氏は提出したレジメで、相互不信の改善策として、①双方が、相手に対する微妙な「配慮」を心がけ、沈着冷静に対応すること②国と国、地方と地方、企業と企業、個人と個人といったさまざまなレベルで共同プロジェクトや作業を進め、そうした中で共通の価値やアイデンティティを生みだし、増幅し、蓄積していくこと③新しい若い世代の率直な意見交換や大胆で独創的な発想を大切にすること――の3点を提案した。

討論の中で、「日本は過去の侵略の歴史について一度も謝ったことがない」との中国側報告者に対し、日本側参加者から「日本ではいつまで謝罪を繰り返さねばならないのかという論議がある」との応酬があった。①の相手の立場に配慮すれば、このような応酬を繰り返すこともないだろう。

私がここで提言したいのは、相手への配慮だけでなく、問題意識の原点にまず歴史を含む自国の直面する問題から出発すべきという立場である。相手への批判がまずありきではなく、自国の問題をしっかりと踏まえ、相手の国を研究する上でもまず自国の問題から、あるいは自国の問題解決というところから出発することが大事である。これは以下の論点に関わってくるので、ここでは詳しく述べない。だが、日本の中国研究者が単に趣味で中国を研究するのでなく、自国の直面する問題から出発すれば、「なぜ謝罪を繰り返すのか」などといった問題意識ではなく、昨今の日本の右傾化傾向が日本の現状、将来にとってどんな意味があるのか、それがこのグローバル化、国際協調が求められる中で妥当かどうかがまず検討されるべきである。そうすれば、当然、過去の問題について、近隣諸国からも自ずと同意の得られる姿勢が生み出されるであろう。

逆に中国の日本研究者も、中国の健全な経済発展という目下の中国の直面する課題をベースに置いて、日本問題を検討すれば、歴史認識ばかりを問題にするのはいかにもバランスの欠けた研究と見えてくるだろう。実際、今回のシンポジウムでも、バランスの取れた報告、議論を展開された研究者はいずれも私のいう「自国の問題」の議論をしっかり踏まえた方々であった。[i][i]

さて、続く呉寄南氏は天児氏の原則的な提案の延長上で、以下の6点のような具体的な協力関係の構築を訴えた。

ASEAN10プラス3の枠組みで、自由貿易構想の推進など戦略的協力を強化する②次世代の政治化の交流を促進し「パイプ」を作る③防衛対話と交流を強化する④マスメディア機構の交流を推進する⑤「西気東輸(西部地区の天然ガスを東に輸送する)」「南水北調(南部の水を枯渇する北部に移す)」や上海―北京間に新幹線を敷設するなど協力のビッグプロジェクトを推進する⑥民間レベルとくに青少年の交流を強化する。

両国間の制度、イデオロギーは異なり、国家利益も衝突する面もあるが、相互の共同利益はより大きいというのが呉氏の主張だ。

周建明氏は日本問題の研究者ではないと断りながら、ヨーロッパのEU設立を引き合いにしながら、「両国関係を処理する場合、将来の共同利益と現実の共同利益を歴史問題に対する相違点の上に置き、歴史問題を両国関係に影響を与える主要な因子にさせない。歴史問題のために歴史問題を解決しようというのは、結局中日関係をますます狭い方向に導いてしまう恐れがある。将来の利益に対して、相互尊重の基礎の上に、相互協力の関係を発展させてこそ、初めて歴史問題を解決する諸条件を作れる」と述べた。

 

相互不信の真の「深層」

三氏の意見は、歴史問題の解決無くして関係発展なしとする他の中国側発表者と違って、私から見て極めて柔軟に思えた。実は、私はこのセッションのコメンテーターを務めた。三氏の報告を高く評価する一方で、復旦大学の郭定平?助教授の「中日関係における深層的意識構造の転換」には比較的厳しいコメントを付けた。

郭氏は相互不信の現状の深層に、歴史問題に関わる問題と「中国脅威論」など将来に関連する問題で、両国間に認識の相違があり、その「深層的意識構造」の転換が必要と訴えた。

私は「意識構造の転換」を訴える意義については賛成だが、それは「深層意識」というより「表層」ではないかと指摘した。私は「歴史問題」に対する中国側の懸念、「中国の脅威」に対するの日本側の懸念の深層には、相手の「大国化」に対する警戒感があると考えている。それが「歴史問題」や「脅威論」となって相手への不信や反発が表明されるのである。日本の大国化は、過去のような侵略へと発展するのではないか、という疑念は、日本側のあいまいな歴史認識、無責任な一部政治家の発言によって、一段と高まり、中国側に、歴史への反省がなければ将来の日中関係はないとまでいわしめるのである。

しかし、その実、歴史問題や脅威論にかき消されて、「大国化」をめぐる真摯な論議は忘れ去られている。「真摯な」との形容詞を付けたのは、「大国化」を表面的に捉え、「中国脅威論」や「日本軍国主義復活論」といったふまじめな議論、双方の罵倒の応酬はすでにあるからだ。だが、なぜ両国が今日、アジアにおいて抜きん出た大国となることができたのか、その大国化の中味は本当に相手に脅威を与えるような大国化なのか、さらに今後両国が大国化の道を歩む条件は何か、両国間だけでなく近隣諸国に脅威を与えない大国化の方向とは――といった「真摯な」議論がない。

両国の大国化は、双方の経済協力によって達成された。これは当然すぎるほど当然と思えるが、この点を理解せず、あるいは考えようともしない研究者も存在する。今回のシンポジウムでも、基調報告で中江元大使が「日本は中国にとって最大の援助国で、2000年度までの実績は約2兆94億円にのぼり、『ジャパンマネーがなかったら中国の現代化のテイクオフは非常に困難であったろう』と一般に言われています」と述べたところ、中国側から「中国の成長は必然であって、ジャパンマネーがなくても、ドイツやフランスなどヨーロッパマネーもあったはずだ」とする声が出た。全く事実を踏まえない感情的な反発であろう。ジャパンマネーはすべてではないが、それは中国の改革?開放を促し、他の国々の経済協力の呼び水になった。もっとも中国側報告者の中には徐風?中国人民銀行上海分行副行長のように「80年代初め、日本は香港を除いて、中国が世界を知り、資本主義市場経済を理解する唯一のチャンネルであり、日本の金融界は中日経済協力交流の先遣隊であり、主要な橋渡しとなった」と評価する声もあった。概して日中間の実務に携わった経験のある研究者、相手の国に研修や留学の経験のある研究者は比較的穏当な議論を展開する。

「大国化」の問題は今後、より専門的に論じるべきであり、次回のシンポジウムのテーマとしてはどうか。とくに両国の大国化の背景や現状について、双方とも情報ギャップの状態にあり、誤った情報をもとに非難を応酬し、相互不信を拡大させている。「大国化」について議論を深めること、これが私の二つ目の提言である。

 

より的を絞った議論を

さて2日間の討論は、以上のように感情的応酬もあれば、理性的な議論もありと、どうまとめるべきか難しいところであった。

しかし、閉会式でまとめを担当した天児慧氏、王少普氏(上海社会科学院アジア太平洋研究所副所長)は極めて前向きなまとめをしてくれた。一部を紹介しておくと、天児氏は「議論が歴史の諸問題に集中したが、前向きの話をしようという機運も高まった」「国際化、情報化な流れの中で国益概念にも変化が生じている。国家益、国民益だけでなく国際益も検討しなければならない」「不信を信頼に転換する議論が課題になっている」と述べた。王氏は「3つの3」という数字合わせで、「3つの原則」「3つの成果」を押さえた上で「多くの共通利益を求め相互信頼を強化すべき」「歴史を忘れず、その目的は歴史を超えることに置くべき」「多国間の協力の下で日中関係を考えるべき」との三つの課題を指摘した。

こうしたまとめを踏まえ、次回のシンポジウムでは、テーマは総花的ではなく、絞り込むこと、また報告者も、取り上げるテーマを専門的に研究する学者や専門家を起用し、報告者にもっと発表時間を与えることを提言したい。



[i][i]  自国の問題から出発せよという発想は私も参加した日中間の知識人対話プロジェクトである「日中知の共同体」の議論から学んだ。詳細は孫歌著『アジアを語ることのジレンマ』(岩波書店、2002年)を参照。

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